2019年05月01日

万歩計ただたか君

平成の時代も終わり令和になりました。巷では平成の最後に何をするかとか、どう過ごすとか、とか大騒ぎでしたが、私はいつもと変わらず普通の日でした。猫

平成も終わろうとする4月の下旬でしたが、たまたま入ったリサイクルショップで万歩計を見つけ、ついこの間、無くしたばかりでしたので思わず買っちゃいました。万歩計は普段も時計変わりにしていますので常時持ち歩いていますが、良く無くしてしまいます。もう、4〜5個は落としているかと思います。前回のはひも付きクリップで対応したのにもかかわらずひと月もしないうちに無くしてしまいました。
万歩計という表示につられて買ったのですが、この「ただたか君」、家に帰って開けてみますと、ゲーム感覚となっていて日本地図をつくろう!というコンセプトになっていました。使用してみるとその時々でコメントが表示されて今までの万歩計とはちょっと違います。
「ガンバレ」とか「ドリョクセヨ」とか画面に出てきます。ある時「ヨクヤッタ」と出ていたので歩数をみましたら一万歩を越えていました。さらに「アッパレ」とあったのでみたら一万五千歩を越えていましたのでそのコメントであろうと思います。これはたしかに今までの万歩計とは違います。さらに二万とか三万歩とかになったら何とコメントがつくんでしょうか、ちょっと興味が出てきます。

900円で売っていた、万歩計「平成の伊能忠敬」くん。
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一万歩を越えたから(たぶん?・・)「ヨクヤッタ」の画面。
19042813ヨクヤッタ10000歩.jpg

さらに一万五千歩を越えたから?と思われる「アッパレ」の画面。
19042814アッパレ15000歩.jpg

そこで、ふと思ったのが、時代が「令和」になった5月1日にリセットしてみよう!ということでした。令和元年から歩き始めてどこまで地図ができるか、ちょっと面白いかも!と思いました。日本地図を完成するまでの距離は約19,000キロメートルとのこと。仮に歩幅が60センチとして一日一万歩を歩いたとすると約6キロ、一年で2190キロ、すると計算上では8年半かかります。毎日毎日一万歩は難しいと思いますので平均して5000歩としましょうか、すると約17年もかかります。おそらく生きていないでしょうネ(笑)。たらーっ(汗)
忠敬が測量を始めたのは56歳の時、九州の測量は65を超えていたといいますから、当時の平均年齢から考えれば試してみてもいいかなと思います。ま、どこまで行くか挑戦してみるのも面白いかも・・。万歩計は東京を出発して反時計まわりに日本地図を作る設定となっています。北海道くらいまでは、あわよくば日本海に出て能登半島まで・・来れれば万々歳だと思います。手(チョキ)

果たして・・いかに相成るか・・?。とりあえず一年後に報告したいと思います。わーい(嬉しい顔)ダッシュ(走り出すさま)


posted by ペコム at 08:20| みちくさ話

2019年04月25日

トトロの森

クロスケの家に行ったらトトロがいました。

トトロの森は、一か所にあるのではなく点々と散らばっていました。当初はそういう森があって観光施設的なものかな?と思っていました。行ってみて分かったことですが「トトロの森」は、トラスト運動で狭山丘陵の自然を守るために森を取得して保全しようという活動なのでした。狭山丘陵のところどころに点々とあって現時点で50号地まであるそうです。ですので、車で行くと駐車場に苦労することになります。あるいは事前に下調べをして出かけたほうが良いと思います。
クロスケの家は、その拠点となる家です。つまり公益財団法人「トトロのふるさと基金」の事務局がある場所です。そんなことは知らないまま住所を頼りにナビで向いましたが、通り過ぎたり迷うことしばし、たまたま居合わせた郵便屋さんに聞いて分かりました。が、駐車場がなく近くの神社に停めさせていただきました。もちろん、神社の関係者にはご了解を得ました。多分、平日でしたので特別のはからいをもらえたのだと思います。わーい(嬉しい顔)

クロスケの家、看板。
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クロスケの家、入り口。
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迎えてくれるトトロ。
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で〜んと座っていたトトロ。
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まったく関係ない話ですが、クロスケとは、映画に出てくる「マックロクロスケ」のことで部屋の隅っこを走る得体のしれない生き物ですが、その動きが野鳥のミソサザイに似ているなぁ〜と思うのです。別荘地などの建物の端伝いにすばしっこく走る姿はそっくりで、私はミソサザイをモデルにしたのでは・・と勝手に思っています。わーい(嬉しい顔)


posted by ペコム at 09:11| みちくさ話

2018年12月31日

スカイツリーと東京タワー

早いものです、今年も終わります。
また1年が過ぎた・・ま、無事に終えた・・という感じでしょうか。

今年、約束のスカイツリーに行ってきました。
スカイツリーも開業してからもう6年経ちました。開業当初は混むのは必至ですから少し落ち着いた頃に行ってみようか、と思っていました。が、時の経つのは早くてあっという間の6年でした。開業後、最初に目にしたのは秩父に向かう正丸峠でした。何気なく寄ってみた正丸峠で何気なく眺めた東京方面でスカイツリーを目にしたのです。平成25年3月でした。その後、柴又に行った時も電車の窓から見えました。そして、荒川区に住んでいる友人と「行くときは一緒に行きましょう」と約束したのが平成27年7月のことです。あれから3年経ち、やっと約束を果たすことが出来ました。

平成25年、正丸峠から見えたスカイツリー。
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平成27年、柴又荒川土手からのスカイツリー。
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そして今年の平成30年11月、クリスマスツリーが飾ってあったスカイツリー。
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展望台ではドラゴンボール展が開催されていました。
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翌日には東京タワーも行きました。東京タワーは小学6年の遠足で行った集合写真があるので行ったらしいのですが、まったく覚えていません。ということでついでに見ておこうと思い行ってきました。
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スカイツリーでは高層ビルも見下ろすほどの高さでしたが、東京タワーは目線にビルがありました。昔は高かった東京タワーも、なるほど役目は終えたと感じます。時代の進み方が早いとも感じます。これからどう進むのでしょうか。来年は年号も変わります。昭和はますます遠くなって歴史となっていきます。おそらく、来年もあっという間の1年になるのでしょうが、気持ちはのんびりとゆきたいと思います。わーい(嬉しい顔)

posted by ペコム at 07:41| みちくさ話

2018年12月29日

優先席

先日のこと、世田谷のボロ市に行ってきました。

ボロ市は日曜日ということもあってか人だらけ・・。中心の代官屋敷の周辺は身動きもできないほどでありました。その帰りの事でした。おもちゃのような東急世田谷線の電車に乗りましたが、電車も人でいっぱい。入口は権雑していたので奥に進みました。空いている吊り革を見つけましたのでそこまで進みました。
すると・・・、前に座っていた若い男性に席を譲られました。
(いや、大丈夫です。いいですよ)
と云ったのですが、みるとそこは優先席でした。
(まいったな、そんなつもりはなかったんだけど・・)
と思いながらも残された空席は、主のいなくなった待ちぶたさのようで譲った人も気まずいであろうと感じて席につきました。
自分でも鏡を見れば老けてきたな、と思っていますが、老人の仲間入りをしたのかなということに実感を感じた次第でありました。ふらふら

おもちゃのような東急世田谷線の電車。
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世田谷ボロ市の人の列。
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ボロ市は、人ごみでお店を見て歩くどころではなかったのですが、南部鉄器の急須を購入しました。今年の夏にさんさ踊りで盛岡に行った時に、欲しかったのですがあまりにも高くて手が出ませんでした。中を開けてみましたらサビもなくきれいな状態でしかも意外と安かったのです。底には南部鉄器の証明書も貼ってあってこれも決めてとなって即買いしました。

購入した南部鉄器の急須。
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底には証明書がありました。
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家に帰ってからさっそく使っていますが、液だれもせず茶碗一杯分の量なので一人で使うのにぴったり、適当な鉄の重みも使いやすくて非常に気にいってます。わーい(嬉しい顔)


posted by ペコム at 14:24| みちくさ話

2018年12月22日

妙義山轟岩

妙義山の中之嶽神社の寄ってきました。

妙義山とは異様な山容をした山ですが、白雲山、金洞山、金鶏山・相馬岳などの総称で、南側を裏妙義、北側を裏妙義と呼ばれているようです。その白雲山のふもとには妙義神社、金洞山のふもとに中之嶽神社があります。
中之嶽神社の鳥居をくぐろうとした時、
「あんなところに人がいる・・・」
と声がして、見上げると鳥居の先の高い岩の上に人が立っていました。登山客でしょうかねぇ〜、すごいところに登るものだと思いました。歳のせいでしょうか、最近は高いところが怖いのです。昔はまったく平気だったのに、高所恐怖症になってしまったのでしょうかねぇ〜。
それはさておき、中之嶽神社は大きな岩の下に守られるように鎮座していました。後ろにそびえる大きな岩は磐座なのでしょうね。そして先ほど人がいた岩とは神社の裏のその岩とわかりました。

中之嶽神社の鳥居の先に見える大きな岩が見え・・。
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そこに人の姿が・・・。
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中之嶽神社への階段。
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神社からはハイキングコースがあるようで看板には「見晴らし台」まで500メートルとありました。時間もありましたしその程度なら行ってみるかと向かいましたが、すぐ登りの山道となりました。登山靴も履いてないし上りの500メートルはきついかも・・と止めました。どうせ行くなら妙義神社までのハイキングコースを通しで歩いてみたいし次の機会でということにしました。反対側には「轟岩」が200メートルとありましたのでならばと今回はこちらに行ってみることにしました。

神社の横にあった、左「轟岩」右「見晴らし台」の看板。
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ということで、案内に従って行きましたが岩らしきものは見当たらずに上へ上へと登るばかり・・。はて?と思いながらも行きますと狭い道を伝い何やら鎖場と鉄梯子が・・現れ、行きついた場所は、なんと・・、鳥居の先に見えた人がいた大きな岩の上でした。なんだ、あの岩が「轟岩」だったんだ、とここまで来て気づきました。気づくのが遅いよねぇ〜、と我ながら思います(笑)。ふらふら

腹がつかえそうな鎖場とその先の梯子段。
18111708轟岩へBくさり場.jpg

鎖場を行くと小さな社がありました。
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そして梯子を上ると絶景が・・、下には駐車場と歩いてきた鳥居も見えました。
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景色はいいのですが、下を見るとゾクゾクっとしますのでさすがに岩の上には立つことはできませんでした。やっぱり高所恐怖症になっているようでございます。もうやだ〜(悲しい顔)

posted by ペコム at 16:32| みちくさ話