2018年07月31日

遍路エピソード〜高野山町石道(3)

慈尊院を朝の5時にスタートして大門に到着したのは14時5分でした。予定より少しオーバーしたものの、ほぼ予定通りに来れたと言って良いかもしれません。

ですが、相当疲れました。ふらふら年々、疲れ方がひどくなっているように思います。ま、いずれ、登れなくなるでしょう。登っておいてよかったと思う時がやがて来るでしょう。
さて、大門が最終地ではありません。奥の院まで約5キロ残されていますので先に進みます。残りは町の中ですので坂はありませんが、帰りが気になります。バスの時間を確認すると最終は午後8時40分頃ですので時間はたっぷりとありますので気にしなくてよさそうです。根本大塔、金剛峰寺を見学しながら奥の院に向かいました。

高野山の入口「大門」。
18061402大門B.jpg

根本大塔と三葉の松。
18061404壇上伽藍FC.jpg

奥の院への一町石。ここからまた始まります。
18061405奥の院へA1町.jpg

高野山は、明日、お祭りだそうです。金剛峰寺ではその準備作業をしていました。そして、拝観料が無料でした。元々、拝観するつもりではありましたが、ラッキーなことでありました。ここでも外国人が目立ちます。一応、世界遺産ですから止むを得ないといったところでしょう。祭りの準備作業をしていた人と少し立ち話をしましたが、今夜は前夜祭となっていて暗くなると提灯が灯るのだそうです。(明日が祭りなら明日くれば良かったかも・・)などと話したら(明日は雨ですよ)と言われました。そういえば、明日から天候が崩れるので今日にしたんだったっけ、と思い返します。何事もそう都合よくはいきません(笑)。

金剛峰寺。
18061406金剛峰寺JA.jpg

お祭りの為に門前に並べられた桶。
18061406金剛峰寺JC桶.jpg

境内では杉の葉を並べる作業をしてました。
18061406金剛峰寺Cお祭り準.jpg

寺内は、生け花が飾られていました。
18061406金剛峰寺E.jpg

お祭りの名前は「青葉祭」。町で見かけたポスターです。
18061406金剛峰寺Kアオバ祭.jpg

なんやかんやで奥の院に到着したのは午後5時前、拝観ぎりぎりとなりました。慈尊院から時間にして12時間、歩数35430歩でした。帰りには暗くなり始めて前夜祭の提灯を見ようかな、とも考えたのですが、もうくたびれてしまって奥の院からバスに乗りケーブルと電車を乗り継いで道の駅に帰ったのは7時半をまわっていました。この日の総歩数は42700歩、さすがにへばりました。それでも無事にお礼参りが出来て良かったと思います。

奥の院への入口、一の橋。
18061408奥の院A一の橋.jpg

うっそうとした杉林の中を奥の院へ。
18061408奥の院E.jpg

此処からは撮影禁止の奥の院。
18061408奥の院H.jpg

暗くなって灯明がついた奥の院。
18061408奥の院J灯明.jpg

高野山口のケーブル。相当な傾斜がありました。
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南海電車に乗り継ぎ九度山へ。
18061410南海電鉄A極楽橋.jpg

電車にも六文銭が付いていましたが、イスも六文銭柄でした。真田を出してますねぇ〜。
18061410南海電鉄C六文銭イ.jpg

九度山駅に着いたのは18:54でした。
18061410南海電鉄DB駅舎.jpg

四国八十八ヶ所の遍路旅もこれで一旦完結ですが、二度目を検討しています。わーい(嬉しい顔)

posted by ペコム at 09:17| 遍路エピソード

2018年07月25日

遍路エピソード〜高野山町石道(2)

高野山に向けて町石道(ちょういしみち)を歩いてきました。
夜が明けて明るくなってからのスタートです。しかもきっちりと5時に百八十町石を出発しました。一応、高野山入口の大門の到着は何の根拠もないのですが、早くて12時、遅くとも14時ぐらいかな、と思いました。

歩き始めてすぐトイレがあるので寄っておきました。ちょっとした公園になっていて駐車場もありました。先には展望台がありますのでその為かもしれません。車は道の駅に置いてきたのですが。此処でも良かったかな?と思いました。しばらくは登り道が続きます。久しぶりの山行き且つ昨今は歳のせいか上り坂がつらくなってきているのに加え、朝から蒸し暑くて調子があがりません。ふらふらそれでも一町ごとにある町石を見つけながら少しづつ登ります。

つらい登り道も約109メートルごとに町石がありますので気を紛らわせてくれます。もしかすると見つからなかったのかもしれませんが無くなったところもあったようで、180全部は無かったように思いました。人間は勝手なもので物事を都合よく解釈します。歩くのがつらくなると町石の数字も少なく見えます。(お、もう百三十台まで来た)と思ったら百五十台だったり、特に五を三と見間違えました(笑)。

町石と町石道。
18061401町石道.jpg

三と五が紛らわしい町石。百三十九に見えた実際は百五十九町石。
18061401町石道C139町.jpg

百六十六町過ぎにポイントの「展望台」があり、百五十町あたりまで急坂が続きます。百三十七町のポイント「六本杉」への階段を登って丹生都姫神社との分岐点に到着、時刻は7:15、約2時間かかりました。ここからは平坦な道が続き次のポイント「神田地蔵堂(百十町)」に着いたのは8:45でした。ここはトイレポイントでもあり休憩をしました。近くの畑で農作業をしているおじさんと少しお話しをしましたら、ここまでで約1/3の工程なのだそうです。とすると残り2/3を考えると時間的にお昼過ぎの到着は無理だ・・と観念しましたが、後の道はほとんど平坦だそうで(大丈夫、大丈夫・・)と励まされました。

展望台からは、くねくねと紀の川が見えました。朝の光で反射してきれいでした。
18061401町石道A紀の川.jpg

丹生都姫神社への分岐点、六本杉の地点。
18061401町石道J六本杉.jpg

平坦な道だと現金なもので余裕がでてきます。わーい(嬉しい顔)一町を何歩で歩けるか数えてみたりしました。だいたい120〜130歩程度で次の町石が現れます。が、結構バラツキがあり少ない時は110歩足らず、多い時は150歩を超える時もありました。設置できないほどの崖地などもありますし、ま、目安程度に考えた方がいいのかもしれません。

平坦とはいえところどころに急な上り坂もあって12時を過ぎたあたり(四十一町石)から足も重くなってついつい下を向いて歩きます。そんな時、元気をもらえるのが名も知らない小さな花たちでした。時にササユリを見つけたり、二十五町付近の急な坂道でへばっている時に見つけたギンリョウソウは思わず下を向いてて良かったと思ったほどでした。これこそラッキーな出会いで元気をもらいました。

八十六町石あたりの笠木峠。平坦で快調に進む。
18061401町石道MG笠木峠.jpg

国道と交差する矢立(六十町付近)。ここからまた急坂が続いて一気に疲れが・・。
18061401町石道OB.jpg

三十九町付近の展望景色。
18061401町石道PD景色.jpg

疲れもピークの二十五町付近で見つけたギンリョウソウ。
18061401町石道QB1.jpg

そして、最後の最後、一番きつい坂道を登って大門に到着しました。14時05分でした。赤い大きな大門が現れた時はへろへろで疲れていただけにほっとしました。もうやだ〜(悲しい顔)

さいごの最後のきつい急坂。
18061401町石道R最後の急坂.jpg

赤い大門が見えた時は、ほんとにうれしかった。わーい(嬉しい顔)
18061401町石道S大門.jpg

実は大門は七町で起点は根本大塔ですのでまだ先があります。そして、奥の院は、さらに三十六町の先にありますので合わせて四十三町(約5キロ)の距離があるのです。つづく・・・。

posted by ペコム at 19:11| 遍路エピソード

2018年07月22日

遍路エピソード〜高野山町石道(1)

梅雨の晴れ間の6月半ば、四国遍路の仕上げに高野山に登ってきました。

四国の八十八ヶ所と高野山のつながりはもちろん弘法大師です。四国遍路には最低限のルールがありますが、最後に高野山の奥の院にお礼参りをするのが最後のルールです。高野山へは車でも行けますし電車とケーブルでも行けます。が、もちろん歩いて行くことを目指しました。その徒歩道も七つあるようですが、一番ポピュラーで表参道となる「大門口(町石道)」を行きました。

町石道はどう読むんでしょう?・・・難しいですねぇ〜、私は読めませんでした。この道には一町(約109m)ごとに石が立てられているのでこの名がついているのです。ですので一町(ちょう)ごとに石(いし)が立っている道(みち)ということで町石道(ちょういしみち)と読みます。空海が木製の卒塔婆を建てて道しるべにしたのが始まりで鎌倉時代になって朽ちた木の代わりに石で作った五輪塔になりました。高野山の根本大塔から麓の慈尊院まで180町石を建てて、しかも胎蔵界180尊にあててありますので梵字が刻まれている五輪塔の町石はそれぞれが仏様にあたるとされます。本来なら1町ごとに読経をしなければならないのかもしれません。
単純計算で180町×109m=約20キロの山道となります。一日がかりの道行です。高野山に泊まるのならそれほど気にすることもないのでしょうが、車中泊の貧乏旅では車に戻らなければなりませんから往復で考えなければなりません。できるだけ朝早くの出発を考えて慈尊院を5時に出立することにしました。何の根拠もないのですが、大門には早くて12時、遅くても14時に到着かな?と目標を設定していざ出発です。

町石道の起点となる慈尊院。
18061306慈尊院A.jpg

慈尊院は女人高野で有名です。おっぱい絵馬が象徴的です。
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慈尊院の境内の先に丹生神社があります。明治以前は神仏混合でしたからお寺の中に神社があっても不思議ではありません。その神社への階段の途中に180町石があります。ここが町石道の起点となります。
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鳥居の横に道があり起点となる町石も見えました。
18061308町石道A.jpg

町石には百八十町と刻んでありました。
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と、今回はここまでにして・・・、昔の船着き場の紹介です。慈尊院から真っ直ぐ行くと紀の川にぶつかります。昔はここまで船で来て高野山に向かったとのことです。今は面影はありませんでしたが、わずかに石部りや高野街道の道標がありました。

紀の川と船着き場の跡。
18061304紀の川A.jpg

船着き場から真っ直ぐに慈尊院はありました。
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近くには高野街道の道標がポツンと・・・。
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そして慈尊院の正面へ。
18061305慈尊院へC.jpg


posted by ペコム at 10:18| 遍路エピソード

2015年12月24日

遍路エピソード〜遍路ころがし(2)

「遍路ころがし」と呼ばれる難所の一つ、11番藤井寺〜12番焼山寺の山道を歩いてきました。

距離はおよそ13キロ、すべて山道で時間にして6〜7時間ほどとあります。山の好きな私には手ごろなハイキングコースです。(ただし、出発点の藤井寺に車は置いて行きますので戻ることを考えなければの話ですが…)ふらふら

お寺の朝は7時からとなっていますので7時に行きました。駐車場(有料)の管理人さんに帰りは遅くなります…もしかすると明日になるかも…と説明をし了解を得てからお寺に入りました。お経をあげ御朱印もいただいていよいよ焼山寺へ「遍路ころがし」と呼ばれる山道に出発です。朝の7時30分でした。

藤井寺にある焼山寺への道標。↓
15110601遍路ころがしA.jpg

藤井寺の本堂の脇から山に入りますが、お地蔵さんがならぶ坂道を登っていきます。この日は11月とは思えないほど暑い日でした。尾根に出るまでは当然上りが続きますがそれより暑さに参ってしまいそうです。途中、汗びっしょりになり一度着替えてからはTシャツ一枚で歩きましたが、それでも寒くないほどでまるで夏の登山みたいでした。北海道から来たという人はその暑さにびっくりしていました。
多少のアップダウンはありますが、しばらく尾根歩きが続きます。焼山寺への道のりでポイントとも言える休憩場所があります。工程の1/4に長戸庵、2/4の柳水庵、3/4ほどの一本杉庵と暑さに少々バテぎみでしたが、まあまあここまでは順調に来ました。一本杉庵に着いたのはちょうど12時頃でお昼タイムにしました。あまりにも順調で自分でも意外と思いました。これなら、帰りは来た道を戻ってもいいかな…と考えたほどです。このまま焼山寺についたなら帰りは下りが多い…と思ったからです。ところが・・・、

「遍路ころがし」の入り口。↓
15110601遍路ころがしB始ま.jpg

1/6道標。↓
15110601遍路ころがしD.jpg

上りの山道が続きます。↓
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行程1/4あたりにある長戸庵。↓
15110601遍路ころがしK長戸.jpg

行程2/4あたりの柳水庵。↓
15110601遍路ころがしNA.jpg

行程3/4あたりの一本杉庵。弘法大師像が迎えてくれます。↓
15110601遍路ころがしP一本.jpg

ところが・・一本杉庵から先はどんどん下るのです。このまま多少のアップダウンで山道を行き焼山寺に到着するのかと思っていたのですが、せっかく登った尾根を下る一方でそのまま谷まで下ってしまいました。途中、焼山寺への車道と交差したのですが、車道が上りなのに遍路道はまだ下ります。谷底まで下ってしまった…という感じです。その谷底から今度は一気の上りとなりました、この上りがきつい斜面でまさしく「遍路ころがし」でした。

焼山寺へのへんろ道、車道(右)を横断してまだ下ります。車道は上っているのに歩き遍路道は下ります。↓
15110601遍路ころがしQD車.jpg

谷底まで下り、その後、急勾配を登ります。↓
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「遍路ころがし」6/6。もう終わりかと思ったけどまだまだ続きました。↓
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まだまだ続く山道。↓15110601遍路ころがしRB.jpg

やっと見慣れた参道に出てホッ一息。↓15110601遍路ころがしRG.jpg

焼山寺の最後の階段。やっと到着。↓15110601遍路ころがしS焼山.jpg

焼山寺に着いたのは2時30分でした。この日、この道を歩いていたお遍路さんは四人で、二人抜いて二人に抜かれましたが、もうくたくたで遍路へろへろ状態でした(笑)。「遍路ころがし」を歩いてきたということが分かるのでしょうか、納経所では「ご苦労さまでした」と声をかけてくださいましたし、出口で出会ったお坊さんには丁寧なご挨拶でこちらが恐縮するほどでした。
さて、車まで戻らなければなりませんが、来た山道を戻るのは時間的にも体力的にももう無理なのでバスで行けるところまで行くこととして下山をしました。焼山寺バス停までどのくらい歩くのかもわかりませんでしたので御朱印をいただきそうそうに焼山寺を後にいたしました。わーい(嬉しい顔)

せっかく登った山道を下りに下った谷底でしたが、そこにジンジソウが咲いていました。歩かなければ出会わなかったジンジソウ・・、心に残る一花となりました。おまけに付けておきます。
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posted by ペコム at 16:01| 遍路エピソード

2015年12月14日

遍路エピソード〜遍路ころがし(1)

四国八十八か所のお遍路で難所はいくつかありますが、最大の難所は11番藤井寺から12番焼山寺の山道です。

この道は約16キロの険しい山道で「遍路ころがし」と呼ばれています。その急坂は、お遍路さんもころがり落ちるほどの険しさと云うことのようなのですが、その表現が何とも難所中の難所を言い表しています。健脚で5時間、並足で6時間、ゆる足で8時間といわれていて、この「遍路ころがし」の山道はぜひ歩いてみたいものだ・・と思っていました。

11番札所藤井寺と12番札所焼山寺の位置関係。↓
15121401遍路ころがし.jpg

行き当たりばったり人生の私でもとにかく1日がかりとなるこの遍路道はそれなりの準備は必要です(笑)。私のように車に戻らなければならない場合は、その帰りも含めて考えなければなりませんので余計です。一度目は良い案が見つからないまま現地に到着し結局、車で回りました。帰宅してその後もいろいろと検討はしたみたのですが、やはり良い方法が見つかりません。例えば・・、
1案、山道を往復する。
2案、帰りは里道(約36キロ)を歩く。
3案、焼山寺付近で一泊してから戻る。または、途中の峠で2分割して二日がかりにする
4案、バスで徳島駅まで行きJRに乗り継いで鴨島駅に行き藤井寺まで歩いて戻る。
5案、徳島行きのバスで鴨島駅に近いところまで行き藤井寺を目指す。
6案、いずれにしろ行きづまったら最終的にはタクシーを呼ぶ。
など、考えましたが決定打がないまま決めかねていました。4案、5案は焼山寺を下ったあたりにバス停があることを知り候補に挙げたのですが、バスは運航しているのか?何本あるのか?などは分かりません。
ですが、どうしても歩きたかったので前日に事前調査をしてみることで再度現地に向かいました。

焼山寺に近い道の駅「温泉の里神山」でまずは気になっていたバス情報を聞きましたら乗り換えが必要ですが徳島駅行きのバスがあることを確認しました。焼山寺バス停の時刻は、13:15、16:31の2本です。お寺の御朱印受付時間は午前7時〜午後5時までと決まっていますから、健脚の方なら朝一番で出発すれば13:15のバスに間に合うでしょうが私には無理です。が、16:31のバスに間に合えば4案、5案が成立できそうということが分かりました。これでメドが立ちましたので翌日に実行しました。(つづく)

前段で長くなりましたのでその顛末(というほどのことでもありませんが)は次回でということで今回はこれまででご勘弁ください。ふらふら

posted by ペコム at 15:03| 遍路エピソード