2018年09月15日

佐渡国一宮〜渡津神社

一の宮、二の宮、三の宮の神社の格付けがされたのは平安時代の頃らしい・・・のですが、昔から、旅先で看板などを見つけるとつい寄り道をしたくなるのが一の宮でした。

諸国六十余州の一の宮もほぼ巡り終えて、残るは島(佐渡、隠岐、対馬、壱岐)となりました。といっても日本は島国ですから四国も九州も本州もマクロでみれば島なんですけどね。今回はその内の一つ佐渡です。

佐渡(さど)の国とは、今の佐渡ヶ島です。
今では佐渡全島が佐渡市となりました。渡津神社(わたつじんじゃ)は、島の南、旧羽茂町にありました。

由緒書きによれば、主祭神は「五十猛命(イタケルノミコト)」。そして配祀として「大家津姫命(オオヤツヒメノミコト)」「抓津姫命(ツマツヒメノミコト)」が祀られています。五十猛命は、スサノオの御子神で天下った時に樹木の種子を持っていて植林を広めたことから木の神または林業の神ということです。別の呼び名をイソタケルノミコトとも云うらしいのですが、こちらの方が漢字からは読みやすいかもしれません。
配祀の姫は妹神で、この三柱を祀った神社に、紀伊の国一の宮の「伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)」があります。紀伊の国は木の国でなんとなく分かりますが、何故、佐渡に祀られているのか不思議です。が、海を渡ったことから航海安全の神ともされていますのでそちらかもしれません。ちなみに、ずばり、島根県大田市には地名も五十猛町、神社名も五十猛神社(いそたけじんじゃ)があります。

神橋から。
18050913渡津神社.jpg

渡津神社。
18050913渡津神社B鳥居.jpg

拝殿。
18050913渡津神社D拝殿.jpg

本殿。
18050913渡津神社EA.jpg

境内の一角には植物園があり佐渡の植物が植えられています。こちらも散策するにはいいところです。
18050914植物園.jpg

島というと昔は島流しですが、佐渡にもありました。日蓮が有名ですが天皇もあったんですね。現地で知りました。承久の乱で敗れた後鳥羽上皇が隠岐の島に流された話は知っていましたが、同時にその子の順徳上皇が佐渡に流罪になったとは知りませんでした。その他、世阿弥も流されたそうです。
佐渡の金山はあまりにも有名ですが、平成まで続いていたとは知りませんでした。現地に行って初めて知るということは多々あります。(ボーッと生きてんじゃあねえよ!)と誰かに叱られそうですが、凡人ですので勘弁してください。ふらふら

posted by ペコム at 11:03| 一の宮