2018年09月24日

ある日の御嶽山

御嶽山が噴火して四年経ちました。
あれはお彼岸の過ぎた27日でした。我が家のお墓は八王子にありますが、お墓参りの帰り道、山梨県の韮崎を過ぎたあたり(だったと思うのですが)ではるか前方に横にたなびくおかしな雲を見ました。それが御嶽山の噴火だったと後で知りました。早いものであれからもう四年も経ちます。
御嶽山は未だに頂上付近は登山規制で立ち入りが出来ませんが、この26日に一部ルートが規制解除になるとの報道がありました。命日に合わせた解除のようで10月8日にはまた規制されます。遺族の方には待ちに待った解除になるのでしょう。ご冥福をお祈りいたします。

7月に木曽福島に行った帰りに地蔵峠を周ってきましたが、良い天気で御嶽山が良く見えました。何気なく眺めていた御嶽山でしたが頂上付近でヘリコプターを発見しました。おそらく復旧に向けての資材運びなんだろうな・と思いました。我々はついつい忘れてしまいますが、災害地では日々復旧作業が続いているのだと思いました。

地蔵峠からの御嶽山。
18072405地蔵峠C.jpg

頂上付近でヘリ発見。
18072403御岳ヘリA.jpg

おそらく復旧作業の荷物を運んでいるのでしょう。
18072403御岳ヘリAA.jpg

御嶽山は三千メートルを超える独立峰です。すそ野は広い、もし、そのまま伸ばしていったら富士山より高くなるのではと聞いたことがあります。たしかに昔はそういう姿があったと想像するとそう見えてきます。

同じ日の九蔵峠付近から見る御嶽山。
18072407御岳山A1.jpg

最近は想定外という大きな災害が各地で続いています。それら被災地は今も復旧作業が行われていることでしょう。普通の生活に早く戻れるようになるといいなと思います。

posted by ペコム at 10:42| その他いろいろ

2018年09月15日

佐渡国一宮〜渡津神社

一の宮、二の宮、三の宮の神社の格付けがされたのは平安時代の頃らしい・・・のですが、昔から、旅先で看板などを見つけるとつい寄り道をしたくなるのが一の宮でした。

諸国六十余州の一の宮もほぼ巡り終えて、残るは島(佐渡、隠岐、対馬、壱岐)となりました。といっても日本は島国ですから四国も九州も本州もマクロでみれば島なんですけどね。今回はその内の一つ佐渡です。

佐渡(さど)の国とは、今の佐渡ヶ島です。
今では佐渡全島が佐渡市となりました。渡津神社(わたつじんじゃ)は、島の南、旧羽茂町にありました。

由緒書きによれば、主祭神は「五十猛命(イタケルノミコト)」。そして配祀として「大家津姫命(オオヤツヒメノミコト)」「抓津姫命(ツマツヒメノミコト)」が祀られています。五十猛命は、スサノオの御子神で天下った時に樹木の種子を持っていて植林を広めたことから木の神または林業の神ということです。別の呼び名をイソタケルノミコトとも云うらしいのですが、こちらの方が漢字からは読みやすいかもしれません。
配祀の姫は妹神で、この三柱を祀った神社には他に紀伊の国一の宮の「伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)」があります。紀伊の国は木の国でなんとなく分かりますが、何故、佐渡に祀られているのか不思議です。が、海を渡ったことから航海安全の神ともされていますのでそちらかもしれません。ちなみに、ずばり、島根県大田市には地名も五十猛町、神社名も五十猛神社(いそたけじんじゃ)があります。

神橋から。
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渡津神社。
18050913渡津神社B鳥居.jpg

拝殿。
18050913渡津神社D拝殿.jpg

本殿。
18050913渡津神社EA.jpg

境内の一角には植物園があり佐渡の植物が植えられています。こちらも散策するにはいいところです。
18050914植物園.jpg

島というと昔は島流しですが、佐渡にもありました。日蓮が有名ですが天皇もあったんですね。現地で知りました。承久の乱で敗れた後鳥羽上皇が隠岐の島に流された話は知っていましたが、同時にその子の順徳上皇が佐渡に流罪になったとは知りませんでした。その他、世阿弥も流されたそうです。
佐渡の金山はあまりにも有名ですが、平成まで続いていたとは知りませんでした。現地に行って初めて知るということは多々あります。(ボーッと生きてんじゃあねえよ!)と誰かに叱られそうですが、凡人ですので勘弁してください。ふらふら

posted by ペコム at 11:03| 一の宮

2018年09月12日

一方井の田んぼアート

岩手町の道の駅「石神の丘」に寄った際、近くに田んぼアートがあることを知り寄ってみました。

場所は、一方井(いちかたい)の田んぼ。道の駅でポスターに載っていた地図をたよりに行ったのですが、分からずに何度か道を間違え行ったり来たりで、やっと出会った地元の人に聞いて到着しました。地図で見る感覚よりも遠い場所にありました。

ポスターの地図。
18080802一方井の田んぼアー.jpg

一方井の田んぼアート。
18080801一方井の田んぼアー.jpg

武将のようです。そして脇には文字があり「信直公」と読めます。が、どなたかは知りませんでした。あとで調べて南部盛岡藩の初代藩主、南部信直と分かりました。南部家当主となり盛岡に築城した戦国の武将です。いわば地元の英雄だったんですね。一方井はその出生地なんだそうで、なるほど納得です。わーい(嬉しい顔)


posted by ペコム at 10:37| その他いろいろ

2018年09月02日

大門坂から那智の滝へ

6月に行った高野山から寄り道をして、熊野古道をちょこっとかじってきました。

那智の滝は、遠く(青岸渡寺)から眺めたことはありました。近くで見たことはなかったので大門坂から那智の滝を目指しました。熊野古道はいくつかのルートがありますが、大門坂はその一部です。
坂は6町ほどの距離、前々日に歩いた高野山の180町に比べれば何のこともないはずなのですが、最近は坂にめっきり弱くなって息が切れます。まして高野山でくたびれ果てていましたからなおさらです(笑)。

大門坂入口。
18061801大門坂C.jpg

坂は石段で古道の面影たっぷりです。
18061802大門坂G.jpg

六町の表示が坂の終わりです。
18061802大門坂HB.jpg

坂の上から那智の滝へ行けますが、ここまで来たのですから那智大社と青岸渡寺も寄って行きましょうとさらに上を目指しました。久しぶりの那智大社ですが工事で幕が張ってあり拝殿は隠れていました。そのかわり特別拝観で本殿の前まで行けてむしろラッキーという感じです。わーい(嬉しい顔)

拝殿改修工事で神社は幕の中。
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そのかわり特別拝観で中に入れました。
18061804那智大社A.jpg

本殿を拝観できました。ラッキー。
18061804那智大社C.jpg

ちなみに幕がなければ拝殿はこんな感じ。
14012607熊野那智大社C拝殿.jpg

那智の滝に向かう途中、頭上でなにやら変な音。何だと見ればドローンでした。ドローンとは蜂のことらしいですが、まさしく蜂が飛んでいるような音でした。カメラを向けたらあわてて逃げるように飛んで行きました・・と私には見えました。
18061805青岸渡寺HA.jpg

那智の滝は、それ自体が御神体で今では飛瀧神社(ひろうじんじゃ)となり那智大社の別宮でもあります。近くで見るとさすがに圧倒されます。しばらく眺めていました。

石段を下った先に飛瀧神社があります。
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鳥居の先には滝が・・。
18061807那智の滝A.jpg

鳥居から拝む那智の滝。
18061807那智の滝BA.jpg

さらに拝観料(300円)で奥に・・お滝壺拝観ができます。
18061807那智の滝BF.jpg

帰りに伊勢をまわって熊野古道の伊勢路のツヅラト峠を歩こうと思ったのですが、疲れたので止めました。ハイ。ふらふら

posted by ペコム at 12:15| 山歩きや街歩き