2015年11月20日

山歩き〜宮島弥山

安芸の宮島の弥山(みせん)を登ってきました。

宮島に行ったときは登ってみたいな・・と思っていました。ですが、すっかり忘れていて船で宮島に着いてから案内パンフレットを見て(そうだ!)と思い出しました。で、急遽、弥山を目指したのですが、結構、きつい山でした。

案内書を見ると、登山コースは3ルート、ロープウエイを入れれば4ルートあります。メインと思われる大聖院コースを選んで弥山を目指しました。ハイキングくらいに考えていましたが大きな間違いでした。登山に要する時間は2時間ほど…、ですから、先日に上った黒斑山と同じくらいになります。ちなみに黒斑山は2404メートル、登山口の車坂峠は1973メートルですから標高差は431メートルです。ところが、弥山の標高は535メートル、低山ですが海抜0メートルからですので標高差は535メートルです。黒斑山より100メートル高いことになります。道は整備されているのですが、石段、石段、また石段と尾根(まき道)に出るまで階段が続くのです。山歩きというより石段上りで非常に疲れました。まして、最初から登る予定でいれば車には登山靴がありましたから用意したのですが、なにせ、現地で思い出したもので、山への対応がなく、弁当もなし水も少々、ちょっと油断してしまいました。

登山入口となる大聖院。↓
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最初から石段・・・、↓
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石段・・・、↓
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また石段・・・、↓
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行けども行けども石段・・・、が続く登山道。↓15111104弥山FA.jpg

これだけ石段が続くなら数えてみたかった、と思いながら厳島神社を眼下に見たりしてなんとか登りました。頂上はなかなかの見晴らしでした。相当に疲れましたので帰りはロープウエイで…とも考えましたが、下だってみれば意外と足が軽かったので紅葉谷コースを降りてきました。

途中、眼下に見える厳島神社。↓
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弥山頂上からの瀬戸内の海。↓
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行き当たりばったりとなってしまった今回の弥山、反省ばかり多っかったですが記憶に残る山行きとなりました。ここでも多くの外国人が登っていて最近の日本は本当に驚くばかりです。わーい(嬉しい顔)

posted by ペコム at 10:03| 山歩きや街歩き

2015年11月03日

石の上に落ち葉

先日、阿寺渓谷を歩いてきました。

紅葉はもう終わりに近く、その証拠に落ち葉となって舞っています。落ち葉は渓谷にも降りそそぎ川筏となって流れていました。
川には大きな石がゴロゴロとしていますが、その石の中にたくさんの落ち葉を乗せている石がありました。きっと微妙なバランスでこうなったんでしょう。水の深さが浅ければ乗らないし深ければ流されてしまうでしょう。そして水流が強ければこれまた流されてしまって乗るわけがありません。ちょうど良いバランスが成立しているのだと思います。

落ち葉の渓谷。↓
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落ち葉の塊りが乗った石。↓
15102502阿寺渓谷F石葉C.jpg

うまい具合に乗っています。↓
15102502阿寺渓谷F石葉D.jpg

雨が降って水量が増せばあっという間に流されてしまうでしょう。地球はバランスの中で成り立っている奇跡の星と言われます。太陽との距離、地球の大きさなど程よい条件が重なっているんだとのことです。何事も程よいバランスで成り立っているものはきっと色々とあるのだと思います。わーい(嬉しい顔)


posted by ペコム at 08:39| その他いろいろ

2015年11月02日

旧中山道馬篭峠

旧中山道の馬篭から妻籠までを歩きました。
中山道もいくつかの峠があります。一番きついのは諏訪の和田峠と聞いておりますが、まだ歩いておりません。いつか歩こうかな、と思いますが、今回は馬篭峠を歩いてみました。

馬篭峠は木曽路の馬篭宿と妻籠宿の間にあり信濃の内でしたが、今は馬篭が岐阜県中津川市に編入したため岐阜と長野県の県境となっています。馬篭の藤村もビックリしているかもしれません。もっとも古くは藪原あたりまで美濃の国で奈良井の鳥居峠が信濃との国境のときもあったようなので国境の変化は時代で変わっても不思議ではありません。

妻籠に車を置いて、バスで馬篭まで行って馬篭から妻籠に向かっての峠越えを歩きました。距離は馬篭宿から峠より峠から妻籠宿の方がありますので下りが多くなり、こちらの方が楽かもしれません。静かな道が多く楽しい道でした。パンフレットには藤村も和宮も通った道・・と書いてあって当時と変わらなそうな道では感慨深いものがあります。
最近は外国人の人気のコースとなっているようで私が歩いた日も何組かの外国人の方に会いました。行き先の確認が多いのですが話しかけられます。英語が話せるような顔をしているのでしょうかねぇ〜、イエスとノーくらいしか答えられません。が、話せればきっと楽しいのでしょうが、なにしろ英語音痴です。こちらからは話しかけられません。(ホエアーカムフロム?)と片言英語で聞いてみましたら、オランダ、フランス、台湾とのことでした。どこで憶えたのでしょうね、道ですれ違うとき(コンチハ・)と先に声をかけられるケースもありました。

馬篭宿。↓
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藤村記念館。↓
15102333馬篭宿H藤村記念館.jpg

馬篭峠。↓
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藤村もそして和宮も通った道。↓
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石畳の道。↓
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道の茶屋では外国人に人気とある地元新聞の記事が貼ってありました。↓
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少し昔(昭和40年代)、木曽は一泊しなければならない観光地でした。ま、木曽にかぎらず旅行は泊りがけで行った時代でした。まだ高速道路もなく国道20号と19号をエアコンのない車で行きましたっけ。特に諏訪あたりでは渋滞がひどく車が止まると暑くてもうたまりませんでした。車には風を取り入れる三角窓(といっても若い人にはわからないでしょが・)が付いていましたっけ。その昔は徒歩の時代・・、昔の人は強かったな〜と今さらながら思います。現代人は便利になった分辛抱が足らなくなったと思います。ふらふら


posted by ペコム at 14:06| 山歩きや街歩き