2015年10月27日

初霜と紅葉

昨日の朝は寒かったです。
夕方のニュースでは初霜が降りたと報道していました。

昨日の日本の最低気温の順位は、1位、5位が北海道で、2,3,4位は長野県だったそうです。長野県は北海道と同じくらいだったわけで寒いはずでした。その日の朝は奈良井にいましたが、鳥居峠に向かう奈良井川のほとりのモミジの葉には霜がかかっていました。もう日は昇っていましたが奈良井は谷間ですので日陰の部分は霜が解けずにきれいな模様となっていました。わーい(嬉しい顔)

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2015年10月21日

旅たまショット〜妻籠宿

中山道妻籠宿の一コマです。

国道19号はよく利用しますので木曽路も通ります。ですが、四国や関西方面の旅行きの朝方か帰りの夕方〜夜に通ることが多いのでだいたいが通過してしまいます。妻籠もその一つでいつか寄ってみたいな・と思いながら通過していました。9月でしたか、伊良湖方面に行った帰り道でも19号を通り南木曽あたりまで来ました。朝方の9時頃でしたし天気も良かったので、その時は、ふと、寄ってみる気になりました。

最近の日本は、何処に行っても外人さんが非常に目立ちます。それだけ多くの外国人が日本にやって来ているということなのでしょう。妻籠も例外ではありませんでたくさんの外国人の方が来ていました。妻籠の古い町並みは外国人にはどう見えているのでしょうか。英語が話せれば聞いてみたいところです。その中で一人旅と思われる女性がいて街並みを見ていました。「金髪の娘さんと妻籠宿の取り合わせ」が、何故か不思議な気がして未知の世界に入り込んだグリム童話のグレーテルのような感じがいたしました。

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2015年10月20日

山歩き〜黒斑山

昨年からの宿題であった黒斑山に登ってきました。

次は「黒斑山に登ろう」と決めたあとに骨折してしまい延び延びになっていたものでしたが、骨折から一年と5か月、やっとほぼ完治の状態になりました。ほぼ完治というのはまだ完全ではなく朝の起きたて、座ったあとの歩き出し、車から降りた時など動き始めはまだ違和感があるからです。これはもう後遺症みたいなもので今後もずっと続くのかもしれません。ふらふら

天気予報も晴れが出ていた10月18日、出かけました。朝、家を出るとき靄が出ていました。ピーカンの快晴を予想していたので以外でしたがこれは天気が良くなる証拠です。ところが、佐久平に入ってもすっきりせず浅間連山を見ると雲がかかっています。午前中はこんな感じで晴れは午後になるのかな〜と思いました。浅間山が見えなければ黒斑山に登る意味がなくなります。篭ノ登山、水の塔山に登ったおり見えそうで見えない浅間山、ならば黒斑山に登ってみよう・・というのがきっかけですからね。登るのは明日でも良いと道の駅で様子を見ることにしました。眠くなってきたのでついでに仮眠もしました(笑)眠い(睡眠)
なにか暑苦しくなって目覚めてみると外は青い空・・、時間はというと11時前、(しまった・・これは寝すぎた・・)あわてて車を走らせます。車坂峠についたのはお昼前でした。黒斑山まで約2時間、往復4時間くらいですので道くさしても明るいうちには戻れそうです。
天気も良く浅間山の姿もよく見えました。浅間山は、時々、煙を出して何やら主張してました。途中、「トーミの頭」では真下にカモシカの姿がありました。

この日の黒斑山からの浅間山。↓
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「トーミの頭」の真下にいたカモシカ。↓
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黒斑山方面から見た「トーミの頭」すごい崖となっています。↓
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足の骨折後も気にならず普通に登ることができました。宿題も無事終えて一つの区切りができました。高峰高原の中腹はカラマツの紅葉が盛りでしたのでこれをおまけにします。わーい(嬉しい顔)

一面が黄色のカラマツの紅葉。↓
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posted by ペコム at 08:59| 山歩きや街歩き

2015年10月19日

山の辺の道〜北ルート

奈良の「山の辺の道」の続きを歩いてきました。
昨年、桜井駅から石上神宮までを歩きましたのでその続きです。南ルートに対して北ルートと呼んでいるみたいです。

前回は骨折あとのリハビリを兼ねて歩いたのですが、思った以上に時間がかかりました。骨折もほぼ完治しての今回は、いわゆる予定時間近くですみました。道くさは私のいつものことなので計算外です(笑)。

前回の終了地点である石上神宮から始めます。久しぶりの石上神宮です。朝早いせいかでキリッとした静寂に包まれて違った印象を受けました。境内では鶏が鳴いていました。裏手に回って山の辺の道に入ります。天理市は天理教の本部の町ですがその広大な施設の建物の裏手をめぐるように道は続いていました。まずは白川ダム、そして弘仁寺、円照寺と目指すポイントは少ないですが道標案内がしっかりとありましたのであまり迷うことなく歩けます。
時期は10月の半ばでしたが、紅葉はまだ早く10月とは思えないほどの陽気で結構汗ばみます。田んぼは稲刈りが済んでなく青々としたところもあって安曇野はもうすでに稲刈りは終えているので不思議に思えました。安曇野よりも奈良盆地は寒いのかな?などと考えましたが、地元の方とお話ししたところ、田植えが遅いのだそうです。そして今年の夏のバカ暑い陽気で稲の成熟が遅れているとも言ってました。何事も聞いてみないと分からないことばかりです。

石上神宮の裏手に続く「山の辺の道」。↓
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山すそを行く「山の辺の道」。↓
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山に入るところもある「山の辺の道」。↓
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数多い天理教の施設とセイタカアワダチソウ。↓
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ポイントの一つ「白川ダム」。↓
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稲刈り前の田んぼ。↓
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尼寺の円照寺。一般には公開されていません。↓
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円照寺で北ルートは終わりです。奈良に続く道標もありましたが地図の持ち合わせもないのでやめておきました。このあと、帯解の駅まで約1キロ、そして天理駅から車の置いてある石上神宮まで約2キロと歩かなければなりません。次の機会にいたしましょう。
おまけは、道沿いで出会った「でんでんむし」「ノスリ」「ヒガンバナ」をつけておきます。わーい(嬉しい顔)

梅雨でもないのに「でんでんむし」。↓
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歩いていたら突然現れた「ノスリ」。↓
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色のあせた盛りも過ぎた「ヒガンバナ」。↓
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posted by ペコム at 14:57| 山歩きや街歩き

2015年10月07日

三河国一宮〜砥鹿神社

一の宮、二の宮、三の宮の神社の格付けがされたのは平安時代の頃らしい・・・のですが、昔から、旅先で看板などを見つけるとつい寄り道をしたくなるのが一の宮でした。

三河(みかわ)の国とは、今の愛知県の東部です。

砥鹿神社(とがじんじゃ)は、三河の国の一番高い山である本宮山(標高789メートル)を神奈備(神の山)として社殿を建立した記されます。本宮山には奥社が麓には里宮が鎮座し里宮の所在地は一宮町ですが今は豊川市に吸収合併されました。

由緒書きによれば、主祭神は「大己貴命(オオナムチノミコト)」。
神代に大己貴命が国土を治められ、当国第一の高山、本宮山にお鎮まりになり、諸国を経営したとされ、それ故に止所(とが)の名より転じて砥鹿の字を当てるようになった・・と伝えられています。

里宮、鳥居。↓
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里宮、拝殿。↓
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里宮、お祓いの様子。
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日本一大きいとされる「さざれ石」。↓
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国府があった豊川は近くで三河の中心地であったと思われます。豊川稲荷がありますが「稲荷」と名が付いていますし鳥居も立っていますが神社ではなくお寺です。正しくは妙厳寺(みょうごんじ)で稲荷として祀られているのは「吒枳尼真天(だきにしんてん)」という仏様です。神仏習合でお稲荷さまと同一視されるようになったもので大国主が大黒様と同じというのと似ています。
三河はやっぱり徳川家康ですね。岡崎は出生地ですし先祖の松平家の菩提寺(大樹寺)もあります。岡崎から足助に抜ける足助街道から挙母街道へ入ると松平氏発祥の地の松平郷があります。一度訪れてみたい所ですが何となく時間をとってのんびり歩きたいと思っているのでまだ行ってません。ふらふら

岡崎城。↓
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大樹寺。奥から松平家初代〜八代の墓、一番手前は家康で後から追加したとのこと。↓
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足助の町並み。↓15091201足助H街並み.jpg

posted by ペコム at 10:13| 一の宮