2015年04月27日

飛騨国一宮〜飛騨一宮水無神社

一の宮、二の宮、三の宮の神社の格付けがされたのは平安時代の頃らしい・・・のですが、昔から、旅先で看板などを見つけるとつい寄り道をしたくなるのが一の宮でした。

飛騨(ひだ)の国とは、今の岐阜県の北部になります。

飛騨一宮水無神社(ひだいちのみやみなしじんじゃ)は、古来より一の宮として名高く延喜式内社であります。社名でもある水無は「みぬし」とも「みずなし」とも読み水主の意であるとされます。また音読みで「すいむさん」との通称もあります。
というのは御神体とされる位山(くらいやま)は分水嶺で南は飛騨川となり太平洋へ、北は神通川となって日本海へと農業を守る水源としての作神様であるということのようです。

由緒書きによれば、主祭神は「水無大神(ミナシノオオカミ)」。
水無大神とは、御年神(みとしのかみ)をはじめとする十四柱(大己貴命、三穂津姫命、天火明命、大歳神、少彦名命など)の神々の総称とのことです。主祭神の御年神は、スサノオの子の大歳神、その子の御年神のことと思われますが、農業神いわゆる田の神様でもあります。

正面の鳥居。↓
14112201水無神社A鳥居.jpg

境内と神門。↓
14112201水無神社H拝殿遠景.jpg

神門から見える拝殿。↓
14112201水無神社G本殿.jpg

一般の人は神門で参拝します。それ以降は入れません。本殿は一旦境内を出て奥に行くと一部が見えます。神門の両脇に(棒柵で見づらいのですが…)納まっているのは狛犬のような動物、狛犬は別に拝殿の前に鎮座していますから、さて何なんだろう?と神社の方に伺いましたら「山犬です」というご返事でありました。昔からこの一帯の山々には神犬が棲んでいるという言い伝えがあるんだそうです。

神門の両脇に鎮座する神犬の像。↓
14112201水無神社F山犬.jpg

なお、お隣の信濃の国の木曽福島に水無神社がありますが、こちらは「すいむじんじゃ」と読みます。この神社の例大祭で「みこしまくり」という変わったお祭りがあります。お神輿を落としたり転がしたりして最後は壊してしまうという荒々しいお祭りですが、飛騨一宮の水無神社と関係があります。その関係とは…、

 平安時代の初期、飛騨の国(現在の岐阜県宮村)の飛騨一ノ宮『水無神社』へ、木曽から杣・匠仕事をするために宗助(惣助)・幸助の兄弟が出向いていた。あるとき、一揆の戦乱で神社が戦火に見舞われようとしていた。信仰心の厚い2人は、神社の御神体を危険から守るため、それを御輿に納めて木曽へと運び出そうとした。
 幾多の山、谷を越え、飛騨と信濃の国境の長峰峠まで来たとき、追ってきた村人が追いついてきた。村人との間で御輿は取り合いになったが、2人は互いに名を呼んで励まし合い、なんとか木曽まで御輿を運ぼうとした。村人ともみ合い、押し合いをしている間に、御輿は肩から外れて地面に落ちてしまった。そこで2人は峠の上から御輿を転がしてまで、なんとか追っ手を逃れようとした。
 そうしたもみ合いの末、御輿は無事木曽へとたどり着き、御神体は神社へ奉納された。木曽の人々は2人の兄弟の偉業を称え、歓迎したという。そして今日、この故事にならって「宗助!幸助!」の掛け声と共に、御輿が豪快にまくられるのです。(文:木曽福島観光協会より)

木曽福島みこしまくり。↓
MVI_0300みこしまくり.jpg

今回のおまけ…は、飛騨と言えば高山、というくらいですが、神社からは意外と近いのです。最近は外国からも人気の観光地で外人さんで賑わっていました。高山の風景を載せておきます。

高山で人気の古い町並み、三町付近。↓
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高山の象徴的な赤い欄干の中橋。↓
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にぎわう陣屋前朝市。↓14112202高山G人力車.jpg

posted by ペコム at 07:14| 一の宮

2015年04月24日

戸隠神社奥社の雪の廻廊

寄り道して「戸隠」に行きました。
地元の方が言うには今年は例年になく雪が多いんだそうです。

戸隠森林公園はまだまだ雪が残っていました。戸隠神社の奥社への参道は行くほどに雪の高さは高くなり、まるでちいさな「雪の廻廊」となっていました。

戸隠神社奥社の参道。↓
15042303戸隠神社C鳥居.jpg

15042303戸隠神社E.jpg

15042303戸隠神社J参道A.jpg

ちなみに奥社は雪の中…、こんな感じです。15042303戸隠神社K.jpg

posted by ペコム at 07:51| みちくさ話

2015年04月21日

塩の道を歩く〜一覧にしたページを作りました

ブログのお引越しに伴って、
旧ブログの・・・、
塩の道を歩く・・・、のカテゴリは・・・、
一覧にしたページを作りました。

ページ名は「塩の道を歩く」
アドレスは→ http://www.pecom.saloon.jp/sioroad/index.htmlです。

ご覧になりたい方は、そちらで見ることができます。
写真も大きくし少しは見やすくなったかと思います。わーい(嬉しい顔)



posted by ペコム at 00:00| 塩の道

2015年04月17日

豊科〜光城山の桜の廻廊

今日(4月17日)所要で豊科方面に出かけましたところ、光城山の桜並木が山の半分くらいまで咲いていました。

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15041706光城山の桜A.jpg

しばらく寒かったですからね、暖かくなると一気に山頂まで咲くかもしれませんね。わーい(嬉しい顔)

posted by ペコム at 18:45| その他いろいろ

2015年04月14日

遍路エピソード〜月命日

昨年の秋のことですが、奈良の山の辺の道を歩いた帰りに「室生寺」に寄り道しました。

宇陀の道の駅で奈良のパンフレットを見ていたら「室生寺」で金堂の釈迦如来と十一面観音の特別拝観があることを知りました。ちょうど帰り道(少し迂回はしますが…)ですし、ちょっと寄ってみる気になりました。室生寺もむか〜し行ったことがありましたが、あれはいつのことだっけ?、ま、思い出せないほど昔です。

境内に入り灌頂堂の前で写真を撮っていましたら、「あ、お坊さんだ…」という声で振り返ってみますと茶色の袈裟を着たお坊さんが数人、こちらに向かってきました。(これは珍しい…)こんなことはめったにありませんからね。お坊さんは灌頂堂で一礼したあと、さらに奥に向かいました。

数人のお坊さんがやってきた。↓
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特別拝観の金堂に入ろうと思ったのですが、ふと、はて?どこに行くんだろう?と急に気になって後を追いかけました。なにせ、めったにないことですからね。すると、階段を登って行くお坊さんを発見、急な階段をゆっくりですが確実に上がっていきます。長い階段で私は当時はまだ骨折後のリハビリ最中の身でしたからビッコをひきひきふうふう言いながらついていきました。するとてっぺんのお堂(あとで分かったのですが、ここは奥の院、御影堂でした)でお経をあげたのです。どうやら一般の人もお堂に入ってよさそうなので入ってみました。お経は「般若心経」もありました。四国八十八ヶ所の遍路で鍛えられましたからね、「般若心経」はもう暗記してます。早さやリズムなどをなるほどこんな感じなのか…と思いながら一緒に唱えました。

五重塔へ向かって行くお坊さん。↓
14112107お坊さんC五重塔B1.jpg

どんどん上って行くお坊さん。↓
14112107お坊さんE階段B1.jpg

奥の院、御影堂で読経をするお坊さん。↓
14112108読経A1.jpg

帰って行くお坊さん。↓
14112109帰り道B1.jpg

ところで、この読経はいつもの光景なのか?、それとも特別なことなのか?、またまた、ふと気になってお堂の人に尋ねてみましたら…

(今日21日は弘法大師の月命日…なので毎月この日はお経をあげます)
とのことでした。

なるほど…、そういうことでしたか。それは知りませんでした。たまたま、そういう日に来たのですね。そう言えば「室生寺」は女人高野でした。八十八ヶ所のお遍路を無事終えたら高野山にお礼参りをしなければなりません。何かと縁のあることでした。

ちなみに後日に調べたところ、弘法大師の命日は、3月21日だそうです。
posted by ペコム at 18:25| 遍路エピソード